ライセンス実務と研究者のパラレルキャリアを実践「キャラクターやブランドの価値評価と戦略」を研究し、あらたなアプローチを目指す
ライセンス業界で活躍する方の職業観や、業界に対する思いについてお話を伺う、インタビューシリーズを始めます。今回は、ハズブロジャパン合同会社の山本幸一氏を紹介します。
山本氏は、百貨店で食品のバイヤーを経て、世界No1ワイナリーに転職し、ワインアドバイザーの資格も持つ、ワインビジネスのエキスパート。縁あってライセンス業界に飛び込み、現在はハズブロブランドの日本・韓国のライセンスビジネスを拡大すべく奔走中。また、今年3月からは、Licensing International Japanの理事に就任されました。好奇心旺盛で何事にも熱心に取り組み、柔軟な心で常に前向きな同氏に、お話を伺いました。
-最初にこれまでのご経歴をお聞かせください。
早いもので大学を卒業して30年以上が経ち、外資系企業を中心に7社目となりました。卒業後、大手百貨店に就職しましたが、配属は小さな地方の食品売り場でした。80年代後半のバブル時で、ワインブームが起こりつつありました。インポーターや同業者有志の方たちとのワイン勉強会などを通して、ワインの持つ歴史や地域性の違いに面白さを感じ、深みにはまりました。「ワインアドバイザー」の資格も取得し、このままワイン業界に身を捧げる決心をし、カリフォルニアの大手ワイナリーの日本法人に転職しました。
ところが、そこでは、今まで勉強してきたワインへのアプローチが大きく異なっていることに驚かされました。例えば、当時の売り場では、「コルクが乾かないように横にして、適正な温度で保管し、ひっそり丁寧に売る」のがワインの売り方とされていました。それに対し、このワイン会社では、「もっと日常的に多く消費してもらうため、店内の目立つところに山積みしてあるビール売り場のような大きなディスプレイを作る」といった感じです。同じ商品の販売戦略でも多様な視点があり、多様な正解があるのだな、と感じました。やがて、チェーンストア部門の東日本地区の責任者になりましたが、様々な施策を店舗運営の立場で実践してみたいと、ちょうど日本に進出したフランス系大手流通の日本法人の本部バイヤーになり、ワイン販売の最前線で経験を積みました。その後、社内異動で、プライベートブランドの開発部門担当になり、初めて「商標」「ブランド」に直接的に関与することになりました。今から考えると、この時が、私と知財との最初の接点だった気がします。
-流通業でバイヤーとしてキャリアを積み、知的財産権と出会われたのですね。ライセンスビジネスに入られたきっかけは?
2004年に、「ユナイテッド・メディア社」という当時の「ピーナッツ(スヌーピー)」のライセンサーの会社から、「ライセンサーとしてのリテール戦略を開始するにあたり、『リテールマーケティングマネージャー』職を新設するので、リテール経験者を探している」という紹介があり、そちらでお世話になることになりました。ですので、私にとって、ライセンス業界は、「ユナイテッド・メディア社」がスタート地点になります。「ユナイテッド・メディア社」では、流通戦略として、大手玩具流通やベビー専門店とのタイアップ企画や、オフィシャルショップの管理等を行いました。
その後、縁あって、一時期、海外ワイナリーの東京オフィスでワイン業界に戻りましたが、2年で撤退する方向になりました。リーマンショックの2008年のころで世の中全体が大変な時期ではありましたが、運よくチャンスをいただき、米国「マテル社」の日本法人で、「バービー」を中心としたライセンス業務に就くことができました。「バービー」は、本国では玩具ブランドで、ライセンス商品も子ども用がほとんどですが、国内では、その歴史の長さから、多くの年齢層にファンが存在し、また、玩具というより、「女性の憧れのライフスタイルブランド」として、位置づけられていました。この流れは、日本独特でしたが、その後、アジアをはじめ、世界中にも広がっていきました。
そして、2015年、北東アジア(日本・韓国)のライセンスの責任者として、「ハズブロ社」に移り、「マイリトルポニー」、「ブライス」、「モノポリー」などの玩具ブランドの、ライセンサーとしてのライセンスビジネスの責任者として勤務しています。前職と同じ、「世界有数の米国系玩具メーカー」という点は一緒ですが、キャラクターだけではなく、ゲームやおもちゃブランドのライセンスを経験することで、ライセンスビジネスの対象に関して、より広い可能性があると感じています。また、時代の流れかもしれませんが、国境を越えたリージョナル契約やグローバル契約を、国内や海外のライセンシー様と締結する機会が増えてきたと感じています。
–日本と外資系、またリテール業とメーカー、扱う商品も食品、ワインから始まり、キャラクターなど、多彩なご経験を積まれていますね。そのご経験による知見は、ライセンスビジネスを行う上で、とても貴重だと思います。ライセンス業界と他の業界について比較したとき、なにか共通点や相違点、また課題などお感じになりますか?
「ワイン」と「ライセンス」は、一見関連性のない業界に見えますが、どちらも「機能ではなく感覚的、個人的な嗜好性商品で、スペックでは表せない経験財」という意味で、共通している事が多いと感じます。
一方で、異なる点としては、ライセンスビジネスにおいては、他社の「売上」が見えない点があげられます。「売上」分析は、戦略立案のスタートでもあるので、当初は大変戸惑いました。これは、戦略を立てる上で課題になっていると言ってもいいのではないでしょうか。
-ワインとライセンスビジネスに共通点を見いだされるとは、おもしろいですね。
はい、そしてもう一点、ワインの商品や情報は、いわゆる「川上・川下」と呼ばれる、「メーカー→卸→リテーラー→顧客」という一方向で直線的な流れですが、ライセンスの場合は、ライセンサー、ライセンシー、リテーラー、ファン、メディア等がそれぞれの役割を担いながら、相互に影響し合いながら、皆でブランドを育てている印象を持ちました。
次に、「川上・川下」という意味では、流通の店舗と本部、メーカー、ライセンサーで、商品の見方の違いもよくわかりました。メーカーやライセンサーは、美しい画像や印象的なグラフでその魅力を伝えようとしますが、流通側の商品本部は、何千もの商品が一つのエクセルファイルに格納され、一商品は、たった1つの列上で、「週販、利益率、売上順位」といった部分でのみ表されています。同じ流通でも、店舗では、店頭での顧客の声や売れ筋を体感的に感じることができました。同じ商品でも立場や見方によって、まったく異なるため、ブランドの紹介の時など、一方的な説明にならないように気を付け、いろいろな方から情報をいただけるよう心がけています。
-どのような点が課題だとお考えになりますか?
課題としましては、キャラクターやブランドの売上規模の開示の必要性をあげたいと思います。例えば、「海外では大人気なのに国内では売れない」ブランドが多くあります。現在、「この原因は何か?」ということに非常に興味を持っています。これは、「キャラクターやブランドの価値評価と戦略」に関わる部分かと思いますが、海外キャラクターを扱う多くの方の共通の課題ではないかと思います。また、裏を返すと、国内キャラクターの海外進出のヒントも隠されているのではないかと思います。ですので、キャラクター業界全体の課題としてとらえてもいいのではないかと思います。現在、パラレルキャリアとして、「キャラクターやブランドの価値評価と戦略」を研究しています。一昨年、関連する研究内容を、日本知財学会でも発表したのですが(注)、その根底に流れているのは、ここからきています。
(注) 日本知財学会第16回年次学術発表会「キャラクタービジネスにおけるセグメントの可視化およびクラス分類によるビジネス戦略の新しいアプローチについて」 (知的財産管理技能士会 研究会)
-流通業でバイヤーとして日々数字と格闘してこられた山本さまならではの視点ですね。また、仕事と並行して学業も修められ、学会でも発表もされていらっしゃるとは素晴らしいですね。機会がありましたら、ぜひご研究の成果を業界のみなさまにも共有してください。
ありがとうございます。振り返ると、今日まで、人生において、いろいろな転機がありました。そしてどの転機も、ルーツをたどると、例外なく、その転機の原因となった人との出会いや言葉による「1シーン」がありました。ですので、今までの人や言葉との出会いに感謝するとともに、今後も遭遇するかもしれない「1シーン」を大切にしたいと思っています。
–では最後に、ライセンス業界の未来について、またLicensing Internationalに期待することなどございましたらお聞かせください。
現在、Covid-19の収束そして収束後の社会の変化に多くの意見が出ています。私には、「どんな社会になるか」を予測することは難しいのですが、「どんな社会にしたいか」に関しては、いろいろ考えられるのではないかと思いっています。
参考になるのは、2018年に、内閣府の知的財産戦略本部より紹介されました「知的財産ビジョン」の中の「経営デザインシート」です。「経営デザインシート」は、「これまでの実績」をベースとした「資源→ビジネスモデル→価値」(現状から未来をフォーキャストする)から、「今後の予測できない社会」を前提とした「価値→ビジネスモデル→資源」(将来から今をバックキャストする)への戦略策定方法の変換を促すものです。
詳しくは、知的財産戦略本部の紹介HPをご参照いただければと思いますが、必要とする「資源」を、「内部」と「外部」に分け、「外部」に関しては、他社から取り入れ、「理想とする社会」を実現するという考え方です。ビジネス上でも、「1社のみでは、競合他社と横並びで、差別化が図りずらい」感があり、その点で、「多様なプレーヤーの参加」は、合理的だと思います。「価値」と「資源」を結びつける「積極的な提供・交換」を可能とするビジネスモデル実現の手段として、「ライセンスビジネス」は大変有効であり、その実行を通して、ライセンス業界の「ビジネスサイズ」自体が大きくなる可能性があるのでは?と考えています。
理想を言えば、(自社ライセンスを無理に拡大しようとするのではなく)「理想とする社会」実現のために「外部資源」を取り入れる過程で、「ライセンスビジネス」のスキームが活用され、「理想とする社会」が実現できれば、と思います。
-ライセンスビジネスは、まさに、必要とする資源を、内部と外部に分け、外部に関して多様なプレーヤーを組織して行うビジネスですので、経営デザインシートを使い、戦略策定に役立つことと思いますし、それをもとに「理想とする社会」まで視野を広げられるとは、大変興味深いですね。では最後に、メンバーのみなさまに一言お願いします。
今回、Licensing International Japanの理事に就任させていただき、どうもありがとうございました。就任してまだ1か月程度ですが、あらためてLicensing International Japanの活動範囲が、とても広く深いことを再認識しています。Licensing International Japanは、人脈作りやビジネスチャンスのためのマッチングという側面もありますが、それ以上に、業界全体が持つ共通の課題や問題点の洗い出しをする場所としても、とても有意義ではないかと思います。コンプライアンス上、クローズする部分はクローズすべきですが、逆に、オープンにするところはオープンにし、課題や問題点を話し合うことができれば、業界の発展にも大きな意義があると思います。そうした活動を通して、Licensing International Japanのメンバーの方々、Licensing International Japan、そしてライセンス業界にとって「何かが変わる」きっかけとなるような「1シーン」が1つでも生まれるきっかけを作ることができれば、大変うれしく思います。
-ありがとうございます。時代の変化を見据えて、ライセンスビジネスはこれまでも変化し続けてきました。グローバルにつながるビジネスコミュニティである、Licensing Internationalの仲間とともに、業界の発展と、「何かが変わる」きっかけを生み出していきたいですね。本日はありがとうございました。
聞き手: 田中香織 Licensing International Japan ゼネラルマネージャー