提供するのは、出版物ではなく、その中身である、「コンテンツ」の価値。出版社にとってライセンスビジネスは、それを商品やサービスといった別の形でお客様にお伝えするひとつの手段。
ライセンス業界で活躍する方の職業観や、業界に対する思いについてお話を伺う、インタビューシリーズです。今回は、株式会社学研プラスの村田剛氏にお話を伺いました。
村田氏は、新聞社をへて学研に入社され、販売やマーケティング、経営企画などの業務に長年携わってこられました。また、2年前に Licensing International Japanの理事に就任されましたが、今年度は2期目を更新され、引き続き理事として活動に携わっていただきます。
-最初にこれまでのご経歴と現在のお仕事についてお聞かせください。
社会人になって最初に就職したのは専門紙を発行する新聞社でした。主にアウトドア関連やマスコミ関係の業界紙を発行していました。
入社して数年経った頃、後に私のキャリアの中で大きな出来事がおきました。携帯電話の情報配信サービスである「i モード」が登場したのです。1999年のことです。それに合わせて、これまで紙で情報を配信していた新聞社がデジタル配信を始めました。今となっては古い話ですが、これに私は衝撃を受けました。紙に情報をのせるのではなく、携帯端末に情報を配信するという今では至極当たり前のコミュニケーションの拡張に出会いました。これはその後の私の考えに大きな気付きを与える出来事になりました。
デジタルコンテンツの夜明け前から現在にいたるまで、もともと紙で情報を届けることが当たり前の時代から出版に関わり、時代の変化を間近に見てきました。
その後、学研に転職し、販売のセクションに配属になりました。学研は、多様なパッケージで商品開発をしていますが、主役は紙の書籍や雑誌です。私は希望して雑誌を販売する営業職につきました。担当する定期雑誌や、書籍、ムック本などを問屋、いわゆる取次に販売するのです。一方、社内に向けては担当する編集部が相手になります。いろいろなタイプの編集者、企画、コンテンツにいい意味でまみれる毎日でした。
編集部はまさにコンテンツを作るプロで、学研には驚くほど才能あふれる編集者がたくさんいます。一方、私は出版事業のなかでも営業やマーケティング、事業開発の側面からコンテンツビジネス全体に強い関心を寄せていました。
そういう志向になったのは父の影響もあると思います。父は自営業で、組織に属することなく独立して仕事をしていましたので、自然と私もそのマインドを身につけていたようです。例えば、仕入の交渉や商品の値決め、同じ商圏内の競合の状況の視察など、子供の頃から家業を手伝ううちに、自然とビジネス寄りに気が向くようになったのかなと思います。大学でも経営学を専攻しました。
話は戻りますが、学研で販売の仕事を続けていく中で、最初の転機が訪れました。学研グループの社長である宮原が掲げた出版の100%電子化です。それを実現するため、それまで編集部単位で個別におこなっていたコンテンツの電子化事業を集約し、社内コンテンツの電子化を統括する全社横断的プロジェクトが立ち上がりました。私はそのプロジェクトメンバーになりました。
-それは何年くらいのことですか?
2010年頃です。今から約10年前ですね。
その2年後には社長室に異動となり、宮原の側で学研グループの事業全体を見渡すセクションに籍を移しました。これまで現場の一員として業務に携わってきたときとは違う環境で、グループの事業全体と関わることができ、以降の私の仕事に対する取り組み方に大きな影響を与えました。
その後、グループ内にデジタル事業に特化した事業会社「ブックビヨンド」を設立することになり、その初期メンバーとして関わることになりました。今度は社内のプロジェクトチームや部署ではなく事業会社としての独立です。プロジェクトチーム的な十数人の規模でしたが、事業会社としての緊張感はこれまでにないものでした。社長室時代は、学研グループという船の操縦席の端で全体を見ていたような印象がありましたが、今度は一転、少人数の乗組員で小さな手漕ぎボードに乗り、海原を全員で必死に漕ぎ続ける感じです。2年間は苦しかったですが、3年目で単年度の黒字化を果たした時は経験したことのない達成感がありました。
-それは急な変化ですね。一人でも漕ぐのをやめたら、他の方の負担が増えますし、船は止まってしまいますね。何年ころのお話ですか?
まさにそんな感じです。ブックビヨンドは2013年に設立されました。
実はこの環境、私の性格にあっていたように思います。海が荒れているときも、凪のときも、ダイレクトに状況を把握できるので、苦しさもありましたが、緊張にともなう面白さがそれを上回っていました。もっとも凪のない環境でしたが。
その会社で4年間、電子出版に集中的に関わりました。そして2017年に同じグループ会社である株式会社学研プラスと統合します。
ここで私はライセンスビジネスと関わるようになります。新しい学研プラスでは、ライセンス事業に加え、デジタル事業やグローバル事業、また企業、自治体とのアライアンス事業などの領域を担当し、現在に至っています。
学研は出版社ですので、紙の本を作って売るのが事業の根幹です。一方、私の部門の活動は、学研が所有する「コンテンツ」に何かをプラスすることにより、コンテンツの価値を高め、より広く深いサービスを提供すること、また企業やお客様と紙書籍ではないつながりを持つことでいままでにない価値を提供することを目指しています。
-これまでのお話を伺っていますと、現在のお仕事はこれまでの村田様のご経験がすべてつながり、活かされているように思います。出版社の商品は「紙の本」だけではなく、その中身である「コンテンツ」を活用するという視点からライセンスビジネスにつながるのですね。
そうですね。これまでの経験や問題意識がこの事業の使命感につながっています。常に意識しているのは、コンテンツの価値は紙の中だけに閉じているものではないということです。お客様にどのような形、方法でお届けするのか。著者や編集部が作った「コンテンツ=中身」を、あるときは電子書籍に、そしてライセンスビジネスという方法によって新しい商品やサービスでお客様にお届けする。そういった担当事業の役割は重要で、その価値は高いと考えています。
-非常にわかりやすいお話です。ありがとうございます。コロナウイルスの感染拡大によって、現在の事業にどのような影響がでていますか? コロナ前と現在と比較してお話いただけますか?
2月27日(木)、安倍首相は全国全ての小・中学校、高校などに向けて休校要請を表明しました。翌日の金曜日の午前、私は外出先で商談していたのですが、社から電話がかかってきました。「休校を迎える子供たちにできることを検討する。用が済んだら急いで戻ってこい」と。
社に戻ると事業会社、部門を越えたメンバーが集まり、それぞれが提供できる商品、サービスを出し合いました。そして3日後、週明けの月曜日までにリリースすることを決めました。
私達のチームは、電子書籍化している児童書で本棚を作り、週明けから配信を開始しました。スピードを優先させたため、権利処理のできるタイトルから揃え、その後順次タイトルを追加していきました。
電子書籍の配信以外にもグループ全体から多くのサービスをリリースし、ポータルサイトに集約しています。当初から大きな反響を呼び、休校、在宅を余儀なくされる多くの子どもたちに利用いただいています。
▼ Gakken 家庭学習応援プロジェクト
一斉休校が決まって、わずか3日で立ち上げたサービス
https://www.gakken.co.jp/homestudy-support/
ここであらためてデジタル配信のパワー、コンテンツを届けるスピード、範囲の広さを実感しました。この一件で子どもたちの学び方、私達のコンテンツの届け方は、明らかに変化していくと確信しました。
このサービスは現在も非常に多くの方に利用していただいています。家から出られない状況下でも、何かを学んだり、ほっとしたり、学研のコンテンツを楽しんでくださっている人がいらっしゃると考えると励まされます。これが紙だったら到底届けられない。何万人もの方に無料で印刷してお届けするなどできません。まして、休校開始の日に間に合わせるなど不可能です。紙の書籍がなくなることはないでしょうが、デジタル配信の役割や重要性、可能性がさらに高まることと思います。
-それはすごいですね。私達は、子供の頃から学習=学研のイメージが強いですから、お客様のほうから情報をとりにこられたのでしょうね。既存のお客様だけでなく、今回の配信によって、あらたなお客様と接点ができたのではないでしょうか。
そうですね。新しいお客様と接点ができていると思います。おもしろいことに、無料の配信をしていますが、紙のドリルなどの書籍も好調に売れ行きが伸びています。
-無料で既存コンテンツをデジタル配信することで、社会的な意義とマーケティング的な成果もあったと言えそうですね。
無料なのでこれが直接的に利益を生んでいるわけではないですが、このコロナウイルスの感染拡大の中、子どもたちに学びの機会を提供することができたのは、社会的に意義のあることだと思います。そして、私達は教育コンテンツという資産を書籍の形にこだわらず、お客様にお届けすることの価値や役割をこのコロナウイルスによる休校によってあらためて認識しました。
-では、最後にこれからの出版や、それにともなうライセンスビジネスについて、お話をお聞かせください。
はい。現在、新たな取組として学研グループではSDGsの目標を設定するプロジェクトが始まっています。これからはどの分野の企業であっても、SDGs的に取り組みつつ事業継続していく必要があると私自身も確信しています。
その一つに、まず書籍自体について、環境配慮をした素材を使用したり、製造方法をとること。
次に、デジタル化によって、消費する資源を少なくすることを組み込むこと。
SDGsは、ゴールが2030年ですが、今の事業の中でリソースの振り分け、置き換えなどを進めていきます。これに取り組まないと事業継続もままならなくなると思います。
生み出すコンテンツがデジタル化するのにつれて、教育の機会もデジタル化していくでしょう。これまでほとんどリアルで対面式だったものが、オンライン配信などに移行していく。経済、地域などの格差を埋める効果もあり、その流れに事業として乗っていかなければなりません。
また、テクノロジーが進化することで、これまでは、需要予測にもとづいて見込みで生産し、売り伸ばしていく方式だったのが、受注があったら小ロットで印刷するというように、オンデマンド製造になっていくでしょう。そうすることで、商品ロスが減り、廃棄が減ります。
-自社の「コンテンツ」という資産を使って、テクノロジーや別の価値を「プラス」し、時代にあわせて事業を展開されるのですね。
当社は、常にイノベーションを起こしてきました。学研の創業は、戦後間もない1946年で、今から74年前です。学習研究社という社名で、「学習」という雑誌から事業が始まりました。創業者の古岡秀人は、戦後の厳しい環境のなか母子家庭で育ちましたが、「戦後の復興は教育をおいてほかにない」との信念から、学習雑誌の出版をはじめ、学習教室、塾へ事業を広げて学びの機会を創出してきました。その後、マーケットを海外に拡大したり、高齢者福祉事業に参入したり、時代の節目で事業変革、拡大をしています。一貫しているのは「教育」です。アフターコロナの時代、手法は変わっていくでしょうが、創業の思いを胸にみんなでやっていきたいと思っています。
■学研の会社案内
「学研とは」をご案内しています。
https://ghd.gakken.co.jp/guide/
最後に、私からLicensing Internatinalについて、感じていることをお伝えしたいと思います。私達は、ライセンスビジネスに参入してまだ数年ですが、Licensing Internatinalに入会し、活動することによって業界ネットワークがあっという間に広がりました。入会してすごくよかったと思っています。また、2年前から理事としても活動させていただき、様々な立場のライセンスビジネスの方と交流するうちに、ビジネスに対する見方が広がったり、実際にビジネスにつながった案件も出ています。まだ、入会していない方には、ぜひおすすめしたいと思います。今は、コロナウイルスの影響でLicensing Internatinalの良さの一つであるセミナーやネットワーキングで、業界の方々と交流することができず残念です。自粛が解除され、また集まれる日が来ることを楽しみにしています。また、このような状況下でも、Licensing Internatinalは、切れ目なくオンラインでウェビナーや交流会を開催してくださり、ありがたく感じています。
-温かいお言葉をいただき、ありがとうございます。Licensing International の提供する価値は対面でもオンラインでも変わりません。みなさまへ有益な情報を提供し、目的をもった各種のネットワーキングの場を作り、会員の皆様に参加してよかったと感じていただけるよう、努力していきます。
本日はお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
聞き手: 田中香織 Licensing International Japan ゼネラルマネージャー